急性呼吸窮迫症候群(ARDS)について

急性呼吸窮迫症候群(ARDS: Acute Respiratory Distress Syndrome)は、重篤な肺の炎症により、急激に呼吸困難を引き起こす病態です。ARDSは多くの基礎疾患や外的要因に続発して発生し、患者の命を脅かすことがあるため、早期の診断と適切な治療が重要です。

ARDSの特徴

  • 急性発症: ARDSは急性に発症し、通常は48~72時間以内に症状が進行します。
  • 肺の損傷と炎症: 肺胞と肺血管の透過性が亢進し、肺胞に液体が漏出することで肺水腫を引き起こします。これにより、ガス交換が障害され、重度の低酸素血症が発生します。
  • 非心原性肺水腫: ARDSの特徴的な肺水腫は心不全によるものではなく、肺自体の損傷と炎症が原因です。
  • ガス交換障害: 肺の損傷により、酸素の取り込みが著しく制限されるため、患者は低酸素血症に陥ります。

ARDSの診断基準(ベルリン定義)

ARDSの診断は、2012年に策定された「ベルリン定義」に基づいて行われます。以下の4つの要素が診断基準として用いられます。

  1. 急性発症: 臨床的な悪化が急激に(通常1週間以内)起こること。
  2. 胸部画像所見: X線やCTで両側の浸潤影(典型的には肺全体に広がる影)が見られること。これらの所見は、胸水、無気肺、結節などの原因では説明できないものとする。
  3. 低酸素血症の程度:
    • 動脈血酸素分圧(PaO2)と吸入酸素濃度(FiO2)の比(PaO2/FiO2)で評価し、次の3段階に分類します:
      • 軽度: 200 mmHg < PaO2/FiO2 ≤ 300 mmHg(PEEPまたはCPAP ≥ 5 cmH2O)
      • 中等度: 100 mmHg < PaO2/FiO2 ≤ 200 mmHg(PEEP ≥ 5 cmH2O)
      • 重度: PaO2/FiO2 ≤ 100 mmHg(PEEP ≥ 5 cmH2O)
  4. 肺水腫の原因が心原性ではないこと: 肺水腫が心不全や輸液過剰によるものでないことを確定するために、心エコーや他の臨床検査を用いることがあります。

ARDSの治療方法

ARDSの治療は、原因となる疾患の治療と呼吸管理を中心に行われます。ARDS自体の直接的な治療法はないため、サポーティブケア(支持療法)が主な治療手段となります。

  1. 人工呼吸管理
    • 低一回換気量換気法: ARDS患者には、低い一回換気量(4~6 ml/kgの理想体重に基づく)が推奨されます。これにより、肺の過伸展を防ぎ、圧損傷(barotrauma)を最小限に抑えることができます。
    • PEEP(呼気終末陽圧)設定: PEEPは肺胞の虚脱を防ぎ、ガス交換を改善するために使用されます。PEEPの設定は個々の患者の状態に応じて調整されます。
    • 酸素療法: 低酸素血症を補正するために、酸素吸入を行います。酸素化が不十分な場合は、高濃度の酸素を使用することもあります。
  2. 体位管理
    • 腹臥位療法(Prone Positioning): 重度のARDS患者では、腹臥位にすることで肺の換気・血流比の改善が期待できます。これにより、酸素化が向上し、人工呼吸管理の負担が軽減されることがあります。
  3. 薬物療法
    • 鎮静・鎮痛薬: 人工呼吸器の適応を助けるために、鎮静や鎮痛を行います。
    • 筋弛緩薬: 必要に応じて、人工呼吸器管理を円滑にするために短期間使用されることがあります(例: 重度の低酸素血症が持続する場合)。
    • 抗菌薬治療: 感染症が原因の場合、適切な抗菌薬治療を行います。
  4. エクモ(ECMO: 体外膜型人工肺)
    • 説明: 重度のARDSで、標準的な人工呼吸管理でも酸素化が改善しない場合、ECMOを使用することがあります。ECMOは、体外で血液を酸素化し、二酸化炭素を除去する装置です。
    • 適応: 特に若年者や、他の治療に反応しない重症患者に対して使用されることがあります。
  5. 原因治療
    • 説明: ARDSの原因となる疾患や外傷(感染症、外傷、吸引性肺炎、膵炎など)に対する適切な治療を行います。
    • 目的: 原因治療により、ARDSの進行を抑え、呼吸状態の改善を図ります。

ARDSの予後

ARDSの予後は、重症度、基礎疾患、治療開始までの時間、合併症の有無などに依存します。軽症のARDSでは良好な予後が期待されますが、重症のARDSでは死亡率が高く、長期間の入院やリハビリが必要になることがあります。また、ARDSから回復しても、肺機能の一部が永続的に損なわれる可能性もあります。

ARDSは複雑な病態であり、患者ごとに治療のアプローチが異なるため、医療チームの協力が不可欠です。