
看護師は、医療チームの要として患者の命と生活を支える高度な専門職ですが、その過酷な労働環境から離職率が高い職種の一つです。その最大の要因は、不規則で体力的に過酷な夜勤体制、患者の急変や生命維持に関わる重い精神的なプレッシャー、そして慢性的な人手不足による業務過多にあります。高い専門性と倫理観が求められる一方で、厳しい労働条件が心身の疲弊を加速させる構造となっています。本記事では、この職種で特に離職率が高くなってしまう要因を、「労働条件」「待遇」「業務負担」「キャリア形成」の4つの観点から詳細に解説します。
看護師を含む「医療、福祉」の離職率(参考データ)
看護師を含む医療, 福祉の離職率は、全産業平均より高い水準で推移しています。特に、病院における看護職員の離職率は、常勤換算で10.5%(令和4年)と報告されており、特に新卒や若手の早期離職が課題です。
| 区分 | 医療, 福祉の離職率 | 全産業の平均離職率 |
| 通年の離職率(年次) | 15.5%(令和4年) | 15.0%(令和4年) |
| 新規大卒就職者の 3年以内離職率 | 38.9%(令和4年3月卒業者) | 33.8%(令和4年3月卒業者) |
| 新規高卒就職者の 3年以内離職率 | 44.9%(令和4年3月卒業者) | 37.9%(令和4年3月卒業者) |
1. 労働時間の問題(夜勤の負担と不規則な勤務)
病院が24時間体制で稼働しているため、夜勤や長時間労働が避けられず、心身の健康に大きな影響を与えます。
- 夜勤・交代制勤務の負担:
- 生活リズムの乱れ: 二交代制や三交代制による夜勤が必須であり、生活リズムが乱れ、睡眠不足や体調不良につながりやすいです。
- 夜勤時の重労働: 夜勤は日勤より人員が少なくなるため、一人当たりの業務負担(急変対応、巡回、記録など)が大きく、精神的・肉体的に過酷です。
- 長時間労働の常態化:
- 定時後の業務: 勤務時間外の記録作成、申し送り、カンファレンスなどに時間がかかり、残業が発生しやすいです。
- 緊急時の対応: 患者の急変や緊急入院など、予測できない事態による長時間残業が避けられません。
- 研修・勉強会:
- スキルアップのための院内研修や勉強会が、勤務時間外や休日に設定されることが多く、プライベートの時間を削られる負担があります。
2. 待遇の問題(責任の重さに見合わない賃金)
高度な医療知識と命に関わる重い責任が求められる一方で、その重圧に見合う報酬が得られていないと感じる人がいます。
- 賃金水準の不満:
- 専門性と責任のミスマッチ: 命を預かるという極めて高い責任と、日々進化する医療技術を学ぶ専門性が求められるにもかかわらず、そのプレッシャーに見合った賃金が得られていないと感じる人が多いです。
- 夜勤手当への依存: 基本給の水準が低く、収入を夜勤手当に依存している場合、夜勤の負担が大きいほど収入が増えるという矛盾を抱えます。
- 有給休暇の取得の困難さ:
- 慢性的な人手不足により、自分が休むことで他のスタッフに大きな負担がかかるため、有給休暇や長期休暇を取得しにくいです。
- 奨学金返済のプレッシャー:
- 専門的な教育を受けるために借りた奨学金の返済が、若手看護師にとって大きな経済的負担となることがあります。
3. 業務負担と精神的ストレス(命の重圧と感情労働)
常に「命」と向き合うため、精神的な重圧が他の職種と比較して非常に大きく、燃え尽き症候群に陥りやすいです。
- 精神的・倫理的ストレス:
- 命を預かる重圧: 患者の急変や治療の判断に関わるプレッシャー、看取りの場面への立ち会いなど、精神的な重圧が極めて大きいです。
- バーンアウト(燃え尽き症候群): 理想と現実のギャップ、連日の多忙さ、倫理的ジレンマ(質の高いケアができない)などから、精神的に疲弊し尽くしてしまうことがあります。
- 多職種・対人関係のストレス:
- 医師や他職種との連携: 多忙な現場での医師や他職種とのコミュニケーション、連携における摩擦がストレス源になります。
- 患者・家族対応: 患者やその家族からの無理な要求やクレーム、時にはハラスメントに悩まされるケースがあります。
- 肉体的な負担:
- 移乗・体位交換: 患者の体位交換や車椅子への移乗など、体力を使う身体介助が多く、腰痛などの職業病を抱えやすいです。
4. キャリア形成・教育体制の問題
専門職でありながら、新人への指導体制が不十分であったり、職場の人間関係が複雑であったりすることが離職を招きます。
- 教育・研修体制の不足:
- OJT(実務訓練)の属人化: 現場が多忙なため、新卒や中途採用者への指導がOJTに偏り、指導者によって質のばらつきが出やすいです。
- 新人への指導係(プリセプター)になったベテラン看護師が、自身の業務と指導の両立に悩み、共倒れになるケースがあります。
- 複雑な人間関係:
- 女性比率が高い職場が多く、部署内の人間関係や、多忙さからくるコミュニケーション不足が、離職の大きな原因となることがあります。
- キャリアパスの流動性:
- 専門看護師、認定看護師などキャリアパスはありますが、その取得には時間や費用がかかり、目指しにくい場合があります。また、病院以外のクリニックや介護施設への転職の選択肢が多いことも、病院からの離職を助長します。
負の連鎖の構造
看護師業界では、「夜勤による心身の疲弊と命の重圧→人手不足による業務過多と長時間労働→経験者が辞める→残ったスタッフで過酷なシフトを回す」という、極めて深刻な負の連鎖が発生しています。特に、「患者の安全を守る」という高い使命感が、結果的に自身の健康を犠牲にし、離職を加速させる要因となっています。
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