
頭部打撲によって生じる外傷性くも膜下出血(tSAH)は、他の外傷性出血とは一線を画す特徴を持ちます。少量かつ単独であれば、予後は極めて良好で保存的治療が中心となりますが、ひとたび重篤な脳損傷を合併するか、遅発性の合併症(脳血管攣縮や水頭症)を発症すると、一気に重症化し、予後が不良となる二極化の傾向があります。本記事では、tSAHの保存的治療の原則と、なぜ重症例でV-Pシャント術といった外科的治療が必要になるのかを解説します。また、退院後に認知機能障害や歩行障害(Hakimの三徴)として現れる遅発性の水頭症リスクに焦点を当て、tSAH後の長期的な経過観察の重要性について詳しくお伝えします。
外傷性くも膜下出血 (tSAH) の概要
| 項目 | 詳細 |
| 病態 | 脳表面のくも膜と軟膜の間(くも膜下腔)に出血が広がった状態。脳の溝(脳溝)に沿って血液が溜まります。 |
| 原因 | 頭部打撲による脳表の小血管の破綻や、同時に発生した脳挫傷からの出血。 |
| 画像所見 | CT検査で、脳溝やくも膜下腔に線状・モヤ状の高吸収域(白く写る出血)が認められます。 |
| 緊急度 | 単独の少量出血であれば低い。脳挫傷や急性硬膜下血腫を合併すると、それらの重症度によって極めて高くなる。 |
1. 治療の原則
tSAH単独の場合、主な治療は保存的治療(非手術的治療)となります。大量に出血し脳圧が上がっている場合や、重篤な合併症が発生した場合に限り、外科的治療が必要になります。
A. 保存的治療(非手術的治療)
- 絶対安静:安静を保ち、血圧の急激な上昇を避けます。
- 全身管理:
- 頭痛や吐き気などの症状に対する対症療法を行います。
- 頭蓋内圧亢進症状(脳が圧迫される症状)がないか、神経学的所見を厳重に経過観察します。
- 輸液、電解質、血糖値などの全身状態を厳密にコントロールします。
- 脳血管攣縮の予防と治療:
- 脳血管が細くなる脳血管攣縮(受傷後数日~2週間程度に発症)はtSAHの重要な合併症です。
- これに対して、Ca拮抗薬(ニモジピンなど)の投与や、輸液による血圧・循環の管理が行われます。
B. 外科的治療
tSAH自体に対する手術はまれですが、以下の場合は、合併している他の病態に対する手術が必要になります。
- 合併した脳挫傷や急性硬膜下血腫による脳圧迫:開頭血腫除去術や外減圧術が必要です。
- 遅発性の水頭症:tSAHの血液成分が髄液の通り道や吸収を妨げ、脳室に髄液が溜まる水頭症が発生した場合、脳室腹腔シャント術(V-Pシャント術)などの髄液バイパス手術が行われます。
2. 診療報酬と入院期間
診療報酬体系(DPC/PDPS)において、tSAHは「外傷性頭蓋内出血」として扱われますが、その治療の重症度によって細かく分類されます。
- 軽症例(保存的治療):
- 入院期間は、合併症の有無や観察期間によりますが、通常は数日~1週間程度で退院、または外来に移行します。
- 診療報酬は、主に検査(CT/MRI)、投薬、入院基本料が中心となります。
- 重症例(脳挫傷・水頭症を合併):
- 開頭術やシャント術が行われた場合、手術の点数(高額)が算定され、入院期間は数週間〜数ヶ月におよぶことがあります。
- 重度の後遺症を残す場合は、回復期リハビリテーション病棟への転院(入院期間:最大150日~180日)が必要となります。
3. 予後(見通しと後遺障害)
tSAHの予後は、他の外傷性血腫に比べて変動が大きく、単独か合併症があるかで全く異なります。
A. 良好な予後(単独・軽症例)
- 単独の少量出血であれば、予後は極めて良好です。
- ほとんどの出血は自然に吸収され、後遺症なく社会復帰が可能です。
- 主な症状は頭痛や吐き気で、数日〜数週間で消失します。
B. 不良な予後(重症例)
- tSAHの予後は、合併した脳挫傷やびまん性軸索損傷の重症度によって決定されます。
- これらを合併し、受傷時の意識レベル(GCS)が低い場合は、急性硬膜下血腫と同様に予後不良となります。
C. 後遺障害のリスク
tSAH自体が原因となる後遺症は、主に以下の遅発性合併症です。
- 水頭症(遅発性):髄液が溜まることで認知機能障害、歩行障害、尿失禁(Hakimの三徴)などを引き起こすことがあり、シャント手術が必要になる場合があります。
- 脳血管攣縮:重度の攣縮により脳梗塞を引き起こし、麻痺などの重篤な神経症状を残すことがあります。
外傷性くも膜下出血は、出血量や症状が軽くても、遅発性の合併症の可能性があるため、退院後も定期的な経過観察が必要です。
